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考えさせられる言葉

アメリカによるシリア空爆に続いて北朝鮮に対し、原子力空母カール・ビンソンをシンガポールから朝鮮半島に向け8日出航しました。核開発及びミサイル発射を行なう北朝鮮をけん制する狙いです。近隣諸国で有事が起こった際は、わが国も影響があることは誰しも感じている事と思います。僕は、様々な難問難関に当たった時には『田中角栄氏はどう動かれるだろう』と、考えます。お亡くなりになって20数年経過しても、尊敬する人はずっと僕のこころに存在しています。

 

残された言葉に『戦争を知っている世代が社会の中核にある間はいいが、戦争を知らない世代ばかりになると日本は怖いことになる』という言葉があります。正に今!そうなろうとしています。

 

尊敬する人の言葉は、今の我々に、過去においての戦争がどのようにして起こり!どのようにして終戦を迎えたのか!そして、今の現状をどう見るのか!をもう一度考えなければならない。ということを教えているのではないかと僕は思います。


尊敬するひと6

ザ・日本人!田中角栄氏の言葉の中で、このひとのもとで働いてみたいと思った一節です。僕は、自営業しか向かないと思っていましたが、このような男らしい言葉をひとびとに語りかけるとは・・。惚れました!

 

正に僕の胸に大きく響き!そして突き刺さってきたものでした!!1962年大蔵大臣に就任した田中角栄氏が、大蔵省のエリート官僚を前に語った就任演説です。「惚れた」「心が動いた」官僚のみなさんもきっとそう思われたのではないでしょうか!?

 

「私が田中角栄だ。尋常小学校高等科卒業である。諸君は日本中の秀才であり、財政金融の専門家揃いだ。私は素人だが、棘の多い門松をたくさんくぐってきて、些か仕事のコツを知っている」

 

大蔵省のエリート官僚のみなさんも次の言葉に大きく心を動かされたのだろうと僕は推察しています。

 

『出来る事はやる。出来ない事はやらない。然し、すべての責任はこのワシが負う。以上!』

 

このような指導者!トップがあれば!物怖じしない者たちが、その大いなる実力のそれ以上を発揮し、大きな事を成し遂げる事が出来る。どっしりと構える指導者の姿に僕はそのように感じ!今も強くそう信じています。

 

柴田佳一 拝、

 


尊敬するひと5

中国の万里の長城での田中角栄氏です。大平さん二階堂さんらと中国の要人との一枚です。

 

1982(昭和57年)年、中国・韓国と日本との外交トラブルに発展した所謂「教科書問題」がありました。田中角栄氏は『おまえのところを侵略したことはない』と言ってしまっては身も蓋もないと指摘し、「教育に政治を持ち込み混同させていることが間違いだ。一定の思想を混同させ、教育を混乱に追い込んでいる。政治から教育を切り離すことが急務だ」と語っておられます。そして・・・。

 

『ひとの悪口を言ったり、自分が過去に犯した過ちを反省せず。自分がすべて正しいとする考え方は国の中でも、外でも通用しない』と。また『いい政治というのは、国民生活の片隅にあるものだ。目立たずつつましく国民の後ろに控えている。吹きすぎて行く風!政治はそれでよい』と・・・。

 

尊敬するひとの言葉は深く!しみじみとこころに訴えてきます。

柴田佳一 拝、

 


尊敬するひと4

参議院選挙が終了しました。18歳選挙権の話題性もあった選挙戦でしたが、思うほど投票率は伸びなかったようです。

 

僕の尊敬するひとはその時々に相応しい言葉を残されています。

 

「わかったようなことを言うな。気の利いたことを言うな。そんなものは聞いている者は一発で見抜く。借り物でなく自分の言葉で、全力で話せ。そうすれば、初めて人が聞く耳を持ってくれる」

 

「自分がいまのところまできたのは、自分から求めるよりも、まわりから支えられたものに忠実だったから・・といったほうが当たっている。与えられた仕事に全力をつくすことが、新しい場面をひらく結果になるものだ」

 

政治家の先生方へ向けた言葉と推察致しますが、そればかりではなく!どんな時でも、どんな職業においても考えさせられる言葉であり、言を待たず頷くばかりです。

 

長い選挙戦!本当にご苦労様でした。

柴田佳一 拝、


尊敬するひと3

1972年7月5日、日比谷公会堂にて行われた自民党総裁選!第1回投票では田中角栄156票、福田赳夫150票、大平正芳101票。

 

決選投票では、田中角栄282票、福田赳夫190票。翌日の国会で田中角栄を内閣総理大臣に指名。尋常高等小学校卒の内閣総理大臣が誕生したのです。農民から天下を取った豊臣秀吉になぞらえ『今太閤』と呼ばれ、日本中に空前の角栄ブームが一気に広がりました。

 

この時、僕は11歳!国会の中に颯爽と右手を挙げる『今太閤』さんの姿が、瞼の裏に焼き付いています。その尊敬するひとの言葉から「優れた指導者は人間を好き嫌いしない。能力を見分けて適材適所に配置する。肝心なのは大事を任せられる人を見つけることだ!

と・・・。

 

日本人の誇りは「ひとの足を引っ張らず、手を差し伸べて引き上げることだ」という考えは、僕のこころを熱くします。尊敬するひとは亡くなっても今尚!僕に手を差し伸べてくれている!という気がしてなりません。

 

柴田佳一 拝、


尊敬するひと 2

 

月曜日から金曜日まで毎日!午前中は、陳情客の相手をされるのが日課だった田中角栄氏。一日平均400~500人!約20~30組の来客があったという。「わかった」と連呼しながら出来ることは出来る!出来ない事は、決してその場で濁したりしない。『即断即決』のひとだった。陳情事も出来ると判断したら直ぐにその場で解決の為に動いたという。ついた異名は『わかったの角さん』である。

 

左の写真は、陳情に来られた客人に「よっしゃ、わかった」と、言われているところでしょうか?右は僕の宝物である「田中角栄」そのひとの自筆の書!真如です。内閣総理大臣時代の書です。意味は「あるがまま」「真理」です。

 

『至誠の人真の勇者』の書も良く書かれていたようで、極めて誠実なひとでなければ、自らは書けないものであると僕は思います。

尊敬するひとの『真如』の書はこれからも胸に刻み、大切にしていきたいと思います。

 

柴田佳一 拝、


尊敬するひと

 

左の写真は1978年、当時の中国の鄧小平副首相が目白御殿訪問された時のもので、右は1992年、江沢民総書記が訪問された時のもの。

「一番いいことは、わが国周辺の平和が確かになることだ。国防費を増やす心配もなくなる。だから、日中の国交回復なんだ。」と、言われた田中角栄氏。

 

光沢民総書記は「水を飲むときは、井戸を掘ったひとの恩を忘れてはならない。」と、言われました。

 

今の日本人に訴えるものは!とてつもなく大きい。

今も僕の尊敬するひとは大きくこころに居ます。

柴田佳一 拝、


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