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えっ!どうやって?

今朝!散歩から戻って、ふと見ると我が家の軽セルボ君のテールランプの下をさっそうと滑っていくヤツがいるではありませんか!

 

横目に2.3歩ほど進んだのですが、何故か変に気になって足を止めました。「おい、あんた!一体どうやってそこまで行ったんじゃ?」と聞いてみたが完全無視である!地べたからタイヤに登っても無理な筈である。う~む!?(腕組)

 

中々家に入るわけにはいかなくなってしまった。どうしても知りたいが教えてくれそうにない!ひたすら完全無視を貫くつもりらしい。困ったヤツである。

 

ヤツが自分で這い上がったとは思えないので、多分!新聞配達の隣のお父さんがのせていかれたのではないかという結論にいたりました。今度会ったら聞いてみようと思い!家に入るのでした。^^


ちょっといい話。

左の写真は、僕たち夫婦の愛車であるY31.CIMAです。30年目も目前になってきました。

 

長く乗っていると!いや、長くお世話になっていると車自体が「意思」を持つというか?運転する僕たちに「CIMA君の今日の気分」が分かるというか、不思議な感覚になります。誠に変なことを言っているのは重々分かっているのですが本当なのです。旧車を大切にお乗りになっておられる方であれば、同じ思いであると考えます。さて、話は昨日のお昼過ぎのことです。妻が実家へ用事に行ったあとにイオン高岡の駐車場にCIMA君を停めました。

 

「コツン!」隣に停車した車のドアが勢いよく開き、愛車CIMA君に当たってしまったのでした。事後報告で聞いたときは「ええ~っうっそお~っ!えっええ~」と言ってしまいました。

 

詳しく話を聞くと!ドアが当たったのが分かった運転手の女性は、出て来てひたすら謝られたそうでフィリピンの方のようでした。ドアを勢いよく開けたのはお子さんだったようで、イオンに来た嬉しさからなのでしょう元気よく開けてしまったのです。

 

妻が「大丈夫です!いいですよ」とお伝えしたのですが、一所懸命に謝られたそうで、僕はそれを聞いて「いいよ!いいよ!また磨き上げま~す」と嬉しくなってそう言いました。今までにも何度かありましたが、謝られることなく猛スピードで逃げて行かれたことばかりで。(悲)

 

相手方のこころが伝われば、こころやさしく許せるものなんですね。僕はその場には居なかったのだけれども、意思を持ったCIMA君も「そのくらい全然大丈夫!こどもは宝じゃ!そのくらい元気があったほうがいい」などと、僕と同じことを思っていたようです。

 

ひとと車との意思の疎通が図れるのだからひととひとでは当り前!口だけでなく、こころとこころが伝わるということは本当にあったか~くやさしい気持ちになるんです。

 

何故かそんな気持ちで記した次第です。

 

 


百合が咲きました!

山ガールの友人から頂いた百合が花を咲かせました。雨ばかり続いていたので追肥しなければと素人考えで心配していたのですが「お見事」って感じです。^^

 

百合!といえばやはり『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉が自然に出てきます。おもむろに目を閉じて一息つくと頭の中に、顔は見えない美しい三人の女性が浮かびあがります。勿論!和服姿の女性です。洋服の女性ではありません!無理やりに思い浮かべようとしても『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』う~ん。やはり無理があるようです。^^

 

気になったので、故事ことわざ辞典で調べてみました。

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」は、美しい女性の容姿や立ち居振る舞いを花にたとえて形容する言葉。

 

(解説)

芍薬も牡丹も共に美しい花で、百合は清楚な花であることから美人の姿や振る舞いを花に見立てて形容することば。芍薬はスラリと伸びた茎の先端に華麗な花を咲かせ、牡丹は枝分かれした横向きの枝に花をつける。百合は風を受けて揺れるさまが美しい。

 

これらのことから、芍薬は立って見るのが一番美しく、牡丹は座って見るのが一番美しく、百合は歩きながら見るのが一番美しいという説がある。また、芍薬はまるで美しい女性が立っている姿のようで、牡丹は美しい女性が座っているよう、百合は美しい女性が歩く姿のようだ。など諸説ある。

 

単に「立てば芍薬、座れば牡丹」とも「立てば芍薬居(とと)すりゃ牡丹、歩く姿は百合の花」ともいう。

 

柴田接骨院の前で美しい花を咲かせた百合から、言葉が自然に出て

それを調べるうちに日本人の感性に気づき、日本人女性の品性の美しさを今、再び懐かしく感ずるのでした。

 

日本人らしく。拝、

 

 

 

 


大雨の庄川!

昨日の夕方に庄川の真横を走った時の模様です。大雨のなか、靄がかかっています。

 

いつもは、樹木の見える場所には車が並び、魚を釣っているひとや仲間同士でバーベキューをして楽しむ光景のある所なんです。然しこの大雨で激変した姿となっています。

 

僕はこの激変した庄川を見て「何かこわいね」と妻に言うと!「以前に今通っているこの道!スレスレまで水が流れていたことがあって、その時は本当に怖いと思った」と語ってくれましたが、「そっそれは怖いわ」と頭に浮かんだ想像の光景を見て思いました。

 

日本全国を見ても最近の災害は大雨によるものが多く、世界に目を広げても同じだと思われます。我々の住んでいる地球が生きている証なのかもしれません。

 

住んでいる人間のしでかした所業を怒っておられるのかもしれません。大雨の庄川を見て!『自分の周りはキレイにし、その他のところが汚れようが関係ない!ゴミがあっても知らん顔!』という僕も間違いなく含まれた!その意識を激変させようとしているのでは?

 

一昔前の日本人の日本人らしい生活に戻したい!何故かしらそんなことを強く思いながら暮らしています。

 

 


お盆休み!ありがとう。

今日でお盆休みも最終日となりました。お墓参りやお世話になった方々にご挨拶に伺うことで、我が家のお盆休みが恙なく過ぎていきました。

 

あいにくの雨空でしたが良き出会いや、素晴しい幻想的な光景を目にする事もあり、今年のお盆休みはとても素敵な四日間でした。良き出会いのなかにはお世話になった方々は勿論のこと!そのほかにも北陸道の料金所の方であったりスーパーのレジの方であったり、本屋さんの方であったりと様々な場所で、お互いがこころから笑顔になる会話をさせてもらったことは、今!思い出しても笑顔になれます。^^

 

あなたの何気ない!その一言が僕のこころに優しく広がりました。

本当にありがとう。

 

左上の写真は、いつもお世話になっている華道の先生宅で歓談中に気になったのでパチリ!カタツムリとぶらさがるゴーヤが余りにもかわいくて撮らせて頂きました。

 

そんなこんなで充実したお盆休みでありました。

お盆休み!本当にありがとう。^^

 


決してあきらめない救急医療!まとめ。

救急医療において、第一に西洋医学で治療にあたられます。常日頃より寝食をとる時間も削られての診療にこころから厚く御礼申し上げます。

 

不安一杯の患者とその家族に対して

スタッフ全員で治療にあたられる姿と親切丁寧な説明に、どれだけ頼もしく、助けられたことか!そして希望が持てたことか!然し乍ら、病院での救急医療が受けられない場合はどうしたらよいのか!決してあきらめない救急医療!1.2.3.でAEDの有無を想定したものを記しました。

 

ない場合にどうするかは、師によって教えられたものでありひとの命を守る為に、ひととして行うべきこと!であると。今回のブログ決してあきらめない救急医療!は、正直!迷いました。然し、僕の背中を強く、そして優しく押してくれた一冊の良書がありました。

 

春日大社元宮司そして医師であられた葉室頼昭著 神道のこころ 

日本人の美しい暮らし方が書かれている!僕たちの宝物(本)です。以下、一部引用させて頂きます。

 

(引用転載開始)

これは昔から言われていますが、赤ちゃんの麻酔というのは非常に難しい。下手に麻酔をするとショックが起きて赤ちゃんが麻酔だけで死んでしまいます。ショックが起きると心臓はもちろん、呼吸も止まる。赤ちゃんは真っ黒けになってしまう。そして赤ちゃんは死んでしまいます。昔は赤ちゃんの手術では麻酔で年間何人か死ぬというのは常識でした。

 

赤ちゃんでショックが起きるともうどうにもしょうがない。うちも赤ちゃんの患者が多いから、ショックが起きることがあります。そのときに小指の先へ注射針を刺す。ここに心臓のつぼがある。そこから一滴、二滴血を絞り出すと、血液が回っていなくて赤ちゃんは真っ黒けなんだけれど、指先だけがピンク色になる。麻酔のドクターはもうだめだと言っているんだけれど、心電図がパーッと動き出します。それで麻酔のドクターがビックリしてしまうんですが、すぐ息を吹き返して助かります。だから幸い私は赤ちゃんを死なせたという経験はいっぺんもありません。私が医者になって患者さんが死んだという経験は一人もない。

 

またこんなこともありました。梅田新地のある行きつけのスナックがあって、前によく家内とカラオケに行っていた。カウンターがあって、僕の隣に六十いくつかのご婦人がいて、いきなり意識を失ってひっくり返ったんです。それでみんなびっくりしてしまって救急車を呼んだんだけれど、梅田新地というのは不法駐車がいっぱいあって、救急車がなかなか入って来られない。

 

マスターが僕がいたものだから、先生、いてくれてよかった。何かやってくれと言うんですね。やってくれと言ったって、おれは何も持ってない(笑)。ちょうど縫い針を持っている人がいたから、それを借りて火で焼いて小指の先のつぼに刺して血を出したんです。それでそのご婦人は息を吹き返しました。救急車で病院に行ったけれど、元気になって、あとでお礼に来られました。

 

このように小指の先には大切なつぼがあります。だから、家で倒れたとか、何かのとき、救急車が来るまでにこれをするといいと思います。何もなければかみ切ってもかまわない。血をちょっと絞り出してやるということが必要なんです。

(引用転載終了)

 

そうなのです!両手10本の指先から血を絞り出して2時間後に息を吹き返された例も挙げられています。とにかく決してあきらめない気持ちが大切な命を守る!ということに直結しています。

 

僕は思います!西洋医学に対して代替医療的な東洋医学をはじめとする様々な治療法。ドンドン良い情報として集積されるならば!命を守るという大切な行為が当たり前になってくる!それも自信を持って行えるようになると!

 

よろしければ『葉室頼昭先生の著書をご覧になってください』

僕たちの「目から鱗が落ちた状態」を共有して頂ければ幸いです。

このブログが一助になればと存じます。拝、

 

 


決してあきらめない救急医療!3

今回は、限られた中でAEDもなく、携帯電話も圏外で医療関係者もいない!過酷な場合を想定します。あるのは『決してあきらめない気持ち』だけ。さて、いきましょう!

 

最近!残念な医療事故が起こっています!幼いこどもたちが薬物投与のあとに亡くなってしまった。という事故です!ニュースや新聞でお知りになった方もたくさんあろうかと思います。日本の将来を担うはずであった大切な宝を失うことは、ご両親の悲しみと共に、この国にとっても大きな損失です。医療関係者は勿論のこと!命を守るということは万民すべて同じ筈です。

 

緊急の場合は、「医師ではないだの資格がどうだの!責任は誰がとるだの!そんな事で目の前の消えそうな命を救えるかぁ」と強く思うのです。

 

あ!また熱くなって話が逸れていきそうなので、一息ついて戻します。今回の大切なポイントは両手10本の指先にあります!では。

 

1. 意識と呼吸の有無を同時確認!なければ胸骨圧迫開始!

 (前ブログ決してあきらめない救急医療!2を参照)

2. 1名を携帯電話の圏内に移動させSОS発信し、戻るよう指示。

3. 大声で名前を呼び、「大丈夫だ!戻ってこい」と連呼する。

 (耳元で大声で叫ぶと意識が戻りやすい)

4. ※ 針があれば(カッターナイフでもよい)火で炙る!

 (火がなければ、きれいに拭く。緊急時は省いてもよいが・・) 

5. ※ 左上の写真の如く指先に針を刺し、血を絞り出す!

 (両手10本の指先すべてに行う!これが最大のポイント!!)

 (カッターナイフで指先を切ってもよい!血を絞り出す!!)

6. 自発呼吸が戻るまで決してあきらめないこと!

7. 1.3.5.を繰り返す。6.の如く頑張ること!

 

次回は、決してあきらめない救急医療!をまとめます。


決してあきらめない救急医療!2

今回は前回の続き2です!よろしくお願いします。咄嗟に倒れた方がいます!放っておくなんてひととして出来る訳がありません!

 

ここからは、『AED講習会』などに参加された方ならお解りになると思いますが、おさらい致します。

 

1. 状況の確認。

 (時間と道路である場合など周囲の安全の確認とその確保)

2. 倒れた方の意識の確認。

 (耳元で大丈夫ですか?の大声!揺さぶったり、動かさない事)

3. 周囲のひとに声をかけ応援依頼。

 (手のひら確認で救急車とAEDの手配を依頼)

4. 呼吸の有無確認。

 (口鼻に耳を近づけ目は胸とお腹が動いているかを見る)

5. 胸骨圧迫。

 (心臓マッサージを行う)

6. 気道の確保。

 (口を開いた状態で頭頂部を下げる)

7. 人工呼吸。

 

8. AED。 

 (大丈夫!AEDが指示する通りにするだけです)

9. 救急車到着。

 (救急隊員に確認した事項を伝える)

10. 無事回復を祈る。

 (これは、柴田佳一が勝手に付け加えました)

 

「ご苦労様でした」以上、おさらいを終了しました。

 

「勇気を出して力を貸して下さい!あなたのその勇気が、行動が、目の前の命を救うのです」今回は、不特定多数のひとが周囲に確認出来て!且つ、近くにAEDがある場合を想定しているものです。

 

また、長くなりそうなので次回に続きますが、3では、限られた人数で医療関係者もなく!携帯電話は圏外!AEDもない!というそんな場合を想定します。あるのは『決してあきらめない気持ち』だけ!

 

次回に続きます。拝、

 

 

 


決してあきらめない救急医療!

今回は決してあきらめない救急医療と題して取り上げたいと思います。

 

先日朝、いつも通りにラジオ高岡のモーニング・コミニュティーという番組を聞いていた時に、谷沢まさきさんの軽快な声で医療における思い込みを一変する出来事が紹介されました。心肺停止から1時間以上も経過したにも係わらず、蘇生し脳の障害もなく、後遺症もなく普通の状態で退院された方の話です。「えっ!そんな馬鹿な話があるもんか」という声が聞こえてきますけれども・・・。^^

 

いくつかそういう症例は聞いた事もあり、お通夜のあとにお戻りになられた話も確かにあります。只、僕は見てはいませんが。

 

ラジオ番組で紹介された蘇生者の場合は、救急医療スタッフが懸命に立ち向かわれた結果であることは揺るぎのない事実であり、日本人として本当に頭が下がる思いです。

 

然し乍ら、人間とは!まだまだ未知の部分があり、幾ら医学が発達しても謎の部分は解明など出来ないのかもしれません。

 

お伝えしたいことはまだまだ長くなりそうなので次回と致しますが、心肺停止のひとがいて、医療関係者はいません!AEDもありません!出来ることは限られています。そんな時にどうするのか!

 

『決してあきらめない』その気持ちがあれば大丈夫です。

次回に続きます。


くも!

我が家の周囲を散策していると、くも(蜘蛛)がかなりいることに気がつきました。

 

ブラブラしていると顔や頭にくもの巣が張り付きます。朝の散策のたびに取り払うのですが、翌朝には真新しい巣が綺麗にそして幾何学的価値のある図形が出来あがっているのです。何か大作をいつもウルトラマンのように破壊している!いや、くもからすれば僕は怪獣なのかもしれません。

 

最近になって、何か申し訳ないことをしているのではないかと思うようになりました。取り払う巣に獲物のかかった形跡は一度もなく大作である巣を作成しては破壊されている訳だし。もしかしてっ!

 

僕(怪獣)のせいで、食事が摂れていないのではないかと思うのです。幼い頃からよく「くもをいじめたりしてはいけない」と言い聞かされていた筈なのに全くもって忘れていた!という始末。僕自身は、ご飯はたくさん頂いているというのに。

 

僕の幼い頃から今もなお、高岡大仏の下に地獄絵がぐるりと張り巡らされています。嘘をついたり悪い事をすると地獄に堕ちると教えられてきました。しかし、まだ救いのあるものには目の前にくもの糸がスルスルと下りてくるそうです。

 

気づいた時点で地獄に堕ちないようにこころを改めようと思います。でないと今の僕には、糸は下りてこないでしょうから。(冷汗)