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素敵な踊りです

 

越中八尾風の盆です。やっぱりいいですね!いやあ素敵な踊りです。 ^^


誉建神社秋の大祭

 

 誉建神社秋の大祭に家族で参拝してきました。河合宮司さま、いつも大変お世話になっております。ありがとうございます。日々感謝です!(深礼)


ラストサムライ

上総国請西藩主であった林忠嵩は、将軍徳川慶喜が大政奉還をしたことで脱藩を決意します。お殿様が脱藩したのです!藩兵を率い、伊庭八郎・人見勝太郎ら旧幕臣遊撃隊と共に官軍と戦います。

 

その後、東北・越後諸藩と奥羽越列藩同盟を結成し、新政府に対抗姿勢を鮮明にしました。明治元年(1868)4月、新政府軍は東北に侵攻し、東北戦争が始まりました。徳川家一の臣として主家の危機に立ち向かう決意のもと仙台藩と共に進撃しましたが、新政府軍の大砲の音に逃亡する仙台藩兵!仙台にて降伏。

 

降伏後、唐津藩内に禁錮されましたが明治5年に釈放されます。その後北海道の商家、剣術を教えるなど苦難の20年を過ごされますが、明治27年に男爵を授かります。亡くなる前に「辞世の句は?」と尋ねられ『明治元年にやった』と答えられたといいます。その句とは『真心の あるかなきかは ほふり出す 腹の血しおの 色にこそ知れ』です。

 

林忠嵩 嘉永元年(1848)~昭和16年(1941)

亡くなられた後、新聞に「最期の大名」として写真と記事が掲載されました。正に「ラストサムライ」と呼ぶに相応しい方であったと思います。いつの日か、大河ドラマになってほしいと僕は願っています。


初代金閣寺の写真

京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺院で正式には鹿苑寺。相国寺の塔頭寺院のひとつ。舎利殿「金閣」が有名であることから「金閣寺」と呼ばれている。鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされている。金閣を中心とした庭園と建築は極楽浄土をこの世に表したとされ、有名なあの一休禅師の父、後小松天皇を招いたり、中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した。この時代の文化を「北山文化」という。足利義満の死後、遺言によりお寺となり、無窓国師を開山とし足利義満の法号「鹿苑院殿」の二文字をとって「鹿苑寺」と名づけられた。

 

写真の「金閣寺」は応永5年(1398)創建のものです。残念なことに昭和25年(1950)に起きた放火で全焼した。現在!復元されている「金閣寺」には、写真に写る各階の屋根を支える柱がない。


極々

霊峰立山連峰の剣岳です。以前の修験者は全く何も取り付けられていない険しい剣岳に臨み、2999の頂きにて登拝されたのです。そのおかげで地震や台風などの災害から護られているのだと、僕は子供の頃からそう信じています。早朝に東の空を望みますと真っ赤な太陽が立山連峰から昇ります。その光景は何とも言えない神々しさを放っています。周囲ではそれを目にすると、自然と手を合わせている人が多く見られます。それも極々自然に・・・。


海に行きました

 

 お盆も終わった18日の日曜日!氷見市へと海に出かけました。我が家では、1年に一度は必ず海に入り、禊をするようにしています。昔から赤ちゃんが産まれたら海に出向き海水につけるという風習が富山には存在します。このことを行なうと風邪もひかない健康体でいられるというもの。

 

我が家では、このことを大切に思い!必ず毎年恒例としています。もちろん!七ちゃんも一緒に海水につけています。七ちゃんはその時、前後両脚を泳ぐように動かしています。チョット波の音が怖いのかもしれません。^^


神々しさ

 

 昨日15日、午前5:00!霊峰立山から射す、太陽の光を反転したかのように西の空に出現した虹です。まだ赤い朝焼けの空にある為、何とも言えない神々しさを感じます!思わず共に妻と手を合わせる瞬間でした。


もうすぐお盆ですね

お盆とは、8月15日(旧暦7月)釈迦の弟子の目連が「倒懸の苦」(逆さづり)を受けている亡き母の霊を救うために釈迦からその方法を教わり、供養した日とされています。また、一方では古来から正月と共に年2回行われてきた祖霊祭との関連も指摘されています。富山県内では、精霊迎えは7月や8月13日、精霊送りは、その月の16日に行なわれています。僕の住む砺波では、盆踊りが各地区で盛大に行われていました。青年団主催が圧倒的に多く、浴衣姿の若い男女が高い舞台でしなやかに踊り、先祖(精霊)と子孫が楽しみ、そして帰ってもらう行事でした。今ではあまり行なわれなくなっています。

 

写真は県東部の魚津市内を流れる鴨川で行われている灯篭流しです。冷たくキレイに透き通った清水が運ぶ冷ややかな風は、この暑さから清々しさを感じさせてくれます。また立ち寄ってみたくなりました。^^


奉安殿の横で

砺波市高波にある奉安殿です。昭和天皇、皇后さまの御真影が中に収められていました。昭和の時代戦後までは、前を歩く際は深々と頭を下げて敬意を表したとお聞きしています。この奉安殿の横から元気な声が聞こえてきたので見て見ると!直立不動に敬礼!きびきびとした青年たちがいるではありませんか!何と!ここ砺波市高波の消防団は、砺波市消防操法大会において見事に優勝されたのだとお聞きしました。奉安殿の横で練習されているのを拝見して、何か昭和にタイムスリップしたかのように思えたのが不思議なのでした。高波分団!頑張れ~っ。^^


今年も間違いない!

となみ夜高祭りです。ひと昔前から見るとⅬEDを使っているので非常に明るく、色鮮やかになり、どんどんレベルアップしています。行燈の中から龍が煙を吹き出しながら登場するなど見せ場も多く、たくさんの方々に大きな拍手と歓喜の声がこれでもかと浴びせられます。これはもう五穀豊穣、豊年満作は間違いないですね!ありがとうございます。^^


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