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鶴のたとえ 3

「鶴のたとえ」は、日本人のこころにやさしく、そして親のようにしっかりと教えてくれます。『鶴の粟を拾う如し』は、極めて少量づつのたとえであり『鶴の粟蟻の塔』は、鶴が小さな粟の実を一粒づつ啄ばみ、蟻が砂を一粒づつ積み上げて蟻塚をつくることから、少しづつ集めたり蓄えたりすることのたとえです。『鶴の脛も切るべからず』は、ものにはそれぞれ固有の性質があり、それを無理に変えようとしてはならないことのたとえ。鶴の脛は長いが、鶴にとっては必要な長さであり、切ってはならないということ。『焼け野の雉夜の鶴』は、子を思う親の愛情が深いことのたとえ。雉は巣のある野を焼かれたら、我が身の危険をも顧みず子を救おうとし、鶴は霜の降る寒い夜に翼で子を覆って暖めることからそのように言います。日本人のこころにやさしく、そしてしっかりと刻まれる鶴のたとえ。僕の胸にジ~ンと響いています!


ここに阿尾城があった

奈良時代に越中国守の大伴家持が「英遠の浦」(あおのうら)の呼び名で『万葉集』に歌を詠まれています。断崖が海に突き出したところにあった阿尾城。戦国時代に築かれた阿尾城は、想像するだけでも誰もが目を引くお城であったと思います。築城は、阿尾川下流一帯の八代保という荘園を拠点に能登でも活躍した屋代(八代)氏でした。荒山峠を越えて能登に向かう荒山街道と山岳信仰の拠点!石動山へ向かう大窪道があり、氷見市北八代には箭代神社(やしろじんじゃ)がご鎮座になっています。


鶴のたとえ 2

鶴の入る言葉は日本人のこころにやさしく刻まれます。清らかなものや立派なもの。こころにしっかりと刻んでおく戒めなどもあります。一琴一鶴(いっきんいっかく)は、清廉潔白な役人のこと。または旅支度がとても簡易であることのたとえであり、雲中白鶴(うんちゅうのはっかく)は、世俗を超越した、こころの清らかなひとのたとえ。白い雲のなかにいる白い鶴のことで、こころが清らかで、気高く立派な人物のたとえです。鶴鳴九皐(かくめいきゅうこう)は、世間から離れて暮らしていても、良い名声が自然と知られること。「九皐」は、山の奥深い場所にある沼沢。山奥にある沼沢で美しい鳴き声の鶴が鳴くという意味から、山の奥深くに隠居している賢者の名声は、自然と広まるということのたとえであり、鶴鳴之士(かくめいのし)は、才能や能力があっても、世の為に使われることなく世間から認められていない賢者のこと。または公職についていない賢者のこと。「鶴鳴」は鶴の鳴き声のこと。山奥に隠遁している賢者をたとえたもので、山の中から鶴の美しい鳴き声は聞こえるが、その姿を目にすることは出来ないというたとえです。頷くと共に深淵さと美しさを感じます。戒めと捉えるものとして、鶴唳風声(かくれいふうせい)は、風の音や鶴の鳴き声のような、少しのことでも驚いて、恐れ怯えることのたとえ。源平合戦俱利伽羅峠の戦いでも平維盛軍が木曾義仲軍に一気に押し出されて敗走しています。華亭鶴唳(かていかくれい)は、栄華を極めた昔のことを懐かしみ、衰退した現状を嘆くことです。戒めとしてこころに刻み、鶴寿千歳(かくじゅせんざい)かくありたいものです。これは長生きのたとえです。


台風鎮めは風の盆?

倒れずに咲いてくれた菊芋(きくいも)の花です。19日から20日にかけて強力な台風14号が直撃する予報から、我が家でも対策を行ない待ち受けていましたが『無風状態』。3:00過ぎには少し雨風が強まり「いよいよ来たか!?」と身構えるも、コオロギが再び鳴き出す始末!そしてまた『無風状態』そのうちに夜明けとなりました。「えっ!台風はどうなった?」そうなんです!台風はどうして鎮まったのか?色々とご意見を聞いていると。9月1日から「越中八尾のおわら風の盆」が2年ぶりに開催されました。この「風の盆」は『風を鎮める踊り』なのだそうで、歌詞に『越中で立山加賀では白山、駿河の富士山三国一だよ』とあります。これ正に霊峰三山に護って頂いているのかもしれないという不思議な話です。^^


おかげさまですね

昨日に引き続き、良い日となりました。秋の訪れを感じています!今年の夏は、ずっとず~っと梅雨だったような、そんな気がしています。強い台風の進路も少しづつ上に向かうように変化を見せています。「これもまた白山と立山のおかげさまですね」と笑顔で言われる患者さんの言葉に同感!「いや、本当にありがたいことですね」とお答えしました。立山連峰から昇る太陽に手を合わせ、拝礼されている光景を目にします。子どもの頃には当たり前の光景!その姿にすごく日本人のこころを感じます。


おわら風の盆

今日から9月です。『おわら風の盆』が富山市八尾町で開催されると、全国からたくさんの方々が、一目見ようと来られます。『おわら』は「お笑い」が転じた説や豊作を願う「大藁」からの説、そして八尾町小原村(桐谷地区)の娘による歌から広まった説があります。風を鎮めることを祈る踊りだということです。『越中で立山、加賀では白山、駿河の富士山、三国一だよ』すごいお囃子が入っていて感動してしまいます!男踊りは農作業を女踊りは蛍をとるようすを表しているのだとか?お顔が見えそうで見えない。(残念!)でも、とてもきれいな踊りにまた感動ですね。^^/


農薬不使用駆除法

以前!柿の木に『アメリカシロヒトリ』が緑の葉を食べ、茶色に変色した葉の上の枝の部分を切り取り、菜園に大きな穴を掘り、そのすべてを埋めて駆除した話をお伝えしましたが、やはり家屋の壁などの上の部分にくっついている『アメリカシロヒトリ』が少なくなりましたが、まだいます!どうしようかと思案していたら妻が「台所洗剤(界面活性剤含有)を希釈してスプレーすると良いみたい」って教えてくれました。早速!写真のように蓄圧式噴霧器(798円)を購入して、洗剤を入れ100倍に希釈するように水を入れて圧力をかけ『アメリカシロヒトリ』のいる場所に噴霧しました。『アメリカシロヒトリ』と共に巣となった葉や枝を宝として土中に埋めて、土に返す方法と併せて、この洗剤希釈駆除法も『農薬不使用駆除法』として行なうに良き方法だと思います。もちろん!晴れの良き日に行ないましょう。結果としてはとても良好ですので、是非!おススメします!^^/


宝として土に返す方法

先日から気になっていたのですが、柿の木の葉に『アメリカシロヒトリ』が発生し、緑の葉から茶色に変化している状態になりました。茶色に変色した所から上部の枝を切除し、再び葉と枝を細かく切り刻み、ゴミ袋にすべてを入れ『アメリカシロヒトリ』が外に出ないように強く縛りあげました。燃やすことは、周囲への影響を考慮して、我が家では菜園に深く大きな穴を掘り、細かくした枝葉と『アメリカシロヒトリ』をゴミ袋からすべて出し、土中深く埋めて処理しました。その内にミミズ君たちが肥沃な土壌に変化させてくれます。自然の摂理に適った対策法だといえるのではないかと僭越ながら思っています。ゴミとして捨てるより、宝として土に返すという方法です。如何でしょうか!?ご一緒くだされば幸いです。^^


改めて一考すべきこと

今日の北日本新聞(地域ニュース)に大きく『屋敷林の役割 遊んで学ぶ』の記事が掲載されていました。以前にも拙ブログにてお伝えさせて頂きましたが、僕の住んでいる砺波市の散居景観は、先人たちが残してくれた!とてもすばらしく、理に適った生活の知恵がギッシリと詰まったものであると僕は思っています。以下、北日本新聞より転載させて頂きます。「いつもステキな記事の掲載をありがとうございます」^^

 

(転載開始)

 散居村の景観保全に向け、砺波市と市屋敷林等保全委員会(宗景昭委員長)は5日、市内の小学4~6年の児童と保護者を対象にした屋敷林の体験ツアーを開いた。子どもたちは遊びながら、砺波平野が誇る自然や文化に触れ、屋敷林の役割を学んだ。

 

       カイニョと生きる  自然・文化に触れる

 

 子どもに屋敷林の魅力を伝え、保全につなげようと2016年度から行なっている。この日は親子9組が参加。砺波市秋元の砺波カイニョ倶楽部代表幹事、高畑邦男さん(72)方を訪れた。子どもたちはスギやツバキが茂る庭で、ブランコに乗ったり、「スンバ」と呼ばれるスギの落ち葉を集めホットドックを焼いたりして楽しんだ。屋敷林の内と外の温度の違いを調べ、屋敷林の役割に理解を深めた。庄南小5年の境晃希君は「日陰が多くて涼しかった。屋敷林がずっと残るように支えていきたい」と話した。高畑さんは「幼い頃から屋敷林に触れてもらい、大人になってもこの経験を忘れないでほしい」と呼びかけた。(金田侑香里)

(転載終了)

 

今回の子どもたちの屋敷林体験ツアーは、とても貴重な、そしてすばらしい体験であったろうと思います。やはり、次の世代!そしてまた、その次の世代へと変わらず持ち続けていけるのではないかとさえ思います。僕は以前に『カイニョお手入れ支援隊代表』の松田憲さんと、お話しをさせて頂いたことがあります。やはり、屋敷林の枝打ちや落ち葉の後始末には、家主をはじめ家族の高齢化もあり、また焚火などの規制も、ひと昔前であれば当り前であった作業も危険!迷惑!と捉えられる感が実際のところ、ございますので存続が難しくなり「すべて切ってしまった方が周囲のみなさんに迷惑がかからないのではないか」と散居景観保全と逆行するご判断も可能性として出てきます。『砺波市に住む者として、改めて一考すべきこと』ではないかと僭越ながら思っている次第です。柴田佳一 拝、


稲作は神道行事

ようやく田植えのすべてが終わったとお聞きしました。19日にも一所懸命に田植えをしておられる営農組合のみなさんをお見かけしました。本当にお疲れさまでした。タマネギの収穫やサツマイモの植付け作業など、次々とこなしておられる姿はとても美しく目に映ります。これは、高瀬神社献穀田御田植祭です。稲作は正に神道行事であり、日本人にとって重要な、そして大切なこと。化学薬品などに頼るのではなく、大自然のなかの方法を取り入れて作業を行えることが出来ればと僭越ながら思っています。梅雨の雷鳴こそ「稲が光り」「稲の妻」と呼ばれる所以なのです。