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TОYОACE 1970

トヨタのトヨエース(PK41型)

昭和45年式です。僕が9歳の頃に父がよく材木を運んでいたのを思い出します。助手席に乗せてもらうと足の前にあるノブを動かして風を取り入れていたものです。当時はトラックにクーラーなどあるはずもなく!足元からの風がとても気持ち良く感じたのを思い出します。木の匂いと父の吸うハイライトのタバコの匂いまで思い出せるのが不思議です。

 

このトヨエース総排気量1490CCで、発売当時価格が49万7500円でした。材木店をはじめ色んなお店で活躍した一台と言えます。当時は、何処へ行ってもタバコの煙があり、その匂いがきつかったのですが、さほど気にもせずにいました。然し!今では愛煙家は肩身の狭い時代になったともいえます。僕は8年前にやめましたが、このトヨエースを見てタバコの匂いのしみついた時代を懐かしく思います。

 

クラシックカー万歳!

 


富山の初代クラウン!

2015年12月31日!今年最後の北日本新聞にとても嬉しい記事が載っていました。僕は今年の締めに!このブログを綴る事にしました。1961年に販売された初代クラウンです。僕と同い年の54歳です!もう少しで55歳ですが、今!レストア中なのです。よくぞ「富ナン」が現存していたものです!本当に感動ものです

 

以下、北日本新聞より引用転載致します。

 

(引用転載開始)

 

半世紀前の「富山ナンバー」の名車を復活。富山トヨタ自動車(富山市千歳町)が、1961年に販売した初代「クラウン」のレストア

(復元)を進めている。医師や自動車愛好家らオーナーたちが大切に乗り継いだだけに「50年以上前の車とは思えないほど状態が良い」と社員たち。作業は来年6月に完了。新車同様の状態に戻して展示し、日本の工業技術の高さやものづくりの大切さを伝えるシンボルにするという。(経済部・室田雅人)

 

   半世紀ぶり復活 富山トヨタ来年6月時代超え技術伝達

 

富山トヨタ自動車は、2017年に創業100周年の節目を迎えることから、全社員約300人が参加する名車レストアプロジェクトを企画。車種には知名度とブランド力を誇るクラウンを選んだ。初代クラウンの発売は1955年。「富山で登録された富山ナンバーは、たぶん残っていないだろう」。品川祐一郎社長(45)は、そう思っていたが、知人から富山ナンバーが現存すると聞き、所有者に売却してくれるように依頼したところ、快く応じてくれたという。調べてみると、初代オーナーは高岡市の医師の故・塚田三郎さんだった。まだ富山にほとんど車が走っていない時代で、往診に使ったという。妻の俊子さん(86)=高岡市駅南=は「当時、富山県内で売られた4台のうちの1台だった」と振り返る。長男で高岡駅南クリニック院長の邦夫さん(64)は「家族での釣りやボート、ドライブなどにも使っていた。乗った後は手洗いを欠かさず、子どもながら感心した」と話す。約30年間乗った末、新車に乗り替えることとなり、県内の愛好家に売却した。ことし9月、塚田さんの家族は、富山トヨタ自動車からクラウンが今も残っていると教えてもらい、レストアプロジェクトの説明を受けた。50年以上過ぎても昔と変わらない車の写真を見た邦夫さんは「懐かしい記憶がよみがえった。ずっと大切にされていて、父もきっと喜ぶ」と話す。富山トヨタ自動車は8月に作業を開始。ボディーを解体し、部品の洗浄やさび取りなどを進めており、来年6月に復元が完了する。その後は、富山市新庄町の研修センター隣に設ける専用スペースで展示し、若手の自動車整備士らに、ものづくりの大切さを伝えていく。品川社長は「素晴らしい車と巡り合えた。大切に乗ってきたオーナーの思いを感じる。社員の絆やチームワークを深めるとともに、時代を超えた技術のシンボルにしたい」と話した。

 

(引用転載終了)

 

昔の技術は本当に素晴らしいものであり、今の「もの」とは違う!匠の技術なのです。コンクリート建築は巨大で圧倒されますが、城や神社仏閣などの細かな技術は、また違う意味での圧倒的なものがあるのです。

 

日本人のものづくりに対しての思いというものは、その「もの」に籠ります。機械がつくるものには決してない何かがあるのだと僕は思います。

 

今年の最後の日に素敵な記事に出会えて、とても嬉しくそして僕の愛車も大切にしていこうと改めて思いました。登場された方々に感謝申し上げる次第です。

 

そして!今年は本当にたくさんの方々に拙ブログを目にして頂いたこと!こころより感謝申し上げます。新年度も何卒よろしくお願い致します。

 

柴田接骨院 院長 柴田佳一 拝、


1969 DATSUN SUNNY TRUCK

今から46年前に生産されたダットサンサニートラック!略して「サニトラ」です。最近でも、富山県内を颯爽と駆ける雄姿を見かけます。^^

 

最近ですが近所の消防ポンプ車として使われていました。処分したと聞き!年式は経過しているものの走行距離としては10.000キロあるかどうかという文句なしの状態であったということでした。「惜しい」と口走った方は多かっただろうと思っています。(残念)

 

『クラシックカー』そのままの雄姿で消防ポンプを載せて活躍している車は、日本全国探してみるとまだまだ出てきそうな感じがしてなりません。大事に大事に使われて活躍していることを願っています。「頑張れ~」^^/

 

今でも活躍しているクラシックカー万歳!


HONDA N360

本田技研工業 HONDAがSシリーズで、乗用車進出を果たした第2弾が、このNシリーズです。Nッコロの愛称で大ヒットしました!^^

 

Sシリーズ!HONDA S500の前まで2輪車のメーカーだったHONDAが放った第2弾N360は、販売的にも当時の金額で31万3000円(狭山工場渡し)という低価格もあり合計台数25万台という素晴らしい大ヒットとなります。(驚)

 

小学生だった僕も、真っ赤なNッコロはシッカリと覚えていて、スバル360とマツダキャロルを比べて何が好きか!?を言い合った記憶があります。すみません!僕はキャロル派でした。^^

 

塗装が、赤、白、緑、黄であったと思いますが、やはり赤が目立ちましたね。その後、ⅬN360やN360S、輸出用のN600Eを国内販売し、NシリーズはHONDAを2輪はもちろんのこと4輪でもその実力を発揮し、飛行機開発の現在があります。(凄)

 

HONDA N360の『N』の意味は諸説ありますが、乗り物の「N」が有力だと言われています。

 

クラシックカー万歳!


Z432

9月23日(水)に『クロスランドおやべ』にて、クラシックカーフェスティバルが盛大に行われました。

 

僕は友人宅に遊びに行っていたので行けませんでしたが、先日の運動会の反省会に参加していると、ご近所さんが「ブログで見たから行ってきたよ」と!たくさんのクラシックカーの写真を見せてくださいました。天候にも恵まれ大盛況!楽しかっただろうなあ~と思いました。見せて頂いて僕も行った気になりました。(感謝)^^

 

上の写真は、1970年式 日産 フェアレディZ432です。S20型エンジン搭載!S30Zの最高峰です。もうカッコイイ一台です。僕らの憧れの名車ですね。黒で統一された室内インテリアも素敵過ぎです。エンジン音も当時のまま僕の耳に聞こえてきます。

 

名車は目を閉じても・・・。目に耳に戻ってくるのが不思議です。

クラシックカー万歳!

 


おやべクラシックカーフェスティバル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1963年式 トヨペット クラウン デラックスです。^^/”

トランスミッションが「トヨグライド」仕様になっていて、当時のカタログには「流体式自動変速機」とありますが、「半自動2速ノークラッチ車」のほうが、いや!「2速のオートマ」が一番分かり易いかもしれません。この頃には、もうオートマがあったんです!

 

クラシックカーは、見て良し!乗って良し!大切にしたい日本の宝だと僕は思っています。世界中の資産家は今!現物資産としてこのクラシックカーに注目しています。やはり!良いものは残っていく運命にあるのです。

 

さて、柴田接骨院より車で7分の『クロスランドおやべ』にて来る!

9月23日(水)秋分の日『おやべクラシックカーフェスティバル』が、行われます。富山県内は勿論!近県のクラシックカーが集合し独特の雰囲気を!そして宝物のオーナーさん達との情報交換ができる!といった楽しみも味わえるのではないでしょうか!

 

残念ながら!僕は都合で、クラシックカーフェスティバルには行けないのですが、近県にて行われる際には是非!駆けつける気でいます。お時間があれば!富山県小矢部市のクロスランドおやべに是非いらしてください。

 

オーナーさんご自慢の宝物!名車があなたを待っています。^^/*

 

   おやべクラシックカーフェスティバル

 

   9月23日(水)クロスランドおやべ

 

      ℡ 0766-68-0932

 


スカイラインデラックス

スカイラインの初代です!今でも続いているスカイラインの系譜はここから始まったのです。プリンスから1957年に誕生したスカイラインは見た目がアメリカンスタイルで、とても重厚な感じが素敵です。

 

敗戦後!航空機メーカーだったプリンス(富士精密工業株式会社)が渾身の一台だと思います。今ではホンダの航空機が製作されるなど時代は変化してきています。まだまだ日本の先進性は可能性があると僕は思います。

 

この一台から時代は流れ!スカイラインスポーツやハコスカ!ケンメリ、ジャパン!鉄仮面などから現在のGT-Rへと引き継がれる魂は今も健在なのです。

 

日本が誇る名車は宝物です!世界に目を向けると中国経済の減退から株安に陥るのを横目にクラシックカーを求める傾向が出てきているようで、もう現物資産の重要性に気づき始めています!

 

先を見越せる目が必要ですね!

クラシックカー万歳!

 

 


スバル360スーパーデラックス

1967年式スバル360スーパーデラックスです。僕が生まれる前の1958年にスバルから生まれた大先輩です。

 

僕たちの子供の頃にたくさん走っていました!あんまり大きなモデルチェンジもなく1970年までの12年間にわたって生産されました。それからは見かける事もなくなっていましたが、学生時代に水谷豊さん主演の熱中時代刑事編というテレビ番組で再びブレイク!旧車としてのスバル360がもてはやされた時代もありました。

 

今の車とは反対のドアの開閉式に注目されたスバル360!「いち早い旧車マニアの尻に火を点けた!軽自動車のスーパーヒーローである事は間違いない」と僕は思っています。

 

いつ見ても素敵なスタイルに惚れ込んでしまいますね!

スバル360スーパーデラックス 最高!

 

クラシックカー万歳!


グロリアスーパー6

昭和37年にプリンスから生まれた名車!グロリアスーパー6です。僕が1歳の時の高級車で皇室の宮さまがよくお乗りになられていました。

 

ハチマキグロリアとも呼ばれたこの名車は、クラシックカーショーには必ずといってもいいほど、お目にかかれるのでいつも楽しみにしています。どっしりとした重量感に端正なマスク!特別なお客様を静かに!そしてゆっくりと送り届ける貴賓席といった感じでしょうか!とにかく日本が誇れる名車であると僕は思います。

 

プリンス グロリア スーパー6 53歳!僕よりも一歳年下の格好いい素敵な奴です。^^

 

クラシックカー万歳!


CRОWN1900STD

トヨペットクラウン1900STD

1962年式です。日本車に見えない貫禄があり!ドアは観音開きになっています!

 

1962年は、僕はまだ1歳でありもの覚えであろう3歳以後の記憶では、黒塗りのタクシーであっただろうと思います。僕のクラウンの記憶は、8(エイト)からハッキリとしています。大きくて当時のオートマチック車だったので!「いつかはクラウン!」でした。(懐かしいキャッチコピーです)

 

然し!僕の車遍歴にはクラウンはありません!

今も初代CIMA(シーマ)に乗ってます。

クラシックカー万歳!