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心がけ

先日「右腕が挙がらないんです!でも、左で手伝うと挙がるんです」と言われる患者さんが来院されました。『ん!脳梗塞か?』と思いましたので直ぐにFASTの確認をします。F(フェイス)顔、A(アーム)腕、S(スピーチ)言葉、T(タイム)発症時間を確認し、A(アーム)腕の異常だけを呈していました。「何もしていないのに」とお聞きしましたが、痛みを伴っていましたのでもう一度、詳しくお聞きすると「お酒の紙パックをつまみ上げた」と原因が確定し、治療を行ないました。

 

僕たちの仕事上!色んな症状をお聞きしますので、思い込みから誤った判断のないように心がけています。2回目の来院時では、痛みも大幅に軽減し「洗濯物を干してきました」とのこと。『3日くらいで良くなりそうですね』とお伝えしました。

 

天候も良い日になると畑作業や田んぼの仕事も増えてきます。今では殆どなくなりましたが、破傷風などにも罹らないとは限りません。僭越ですが、しっかりと見極めの出来るように心がけていきたいと思います


花より団子に

 

今日のお昼休みに高速道路を走り、高岡市福岡町の岸渡川へ花見に行ってきました。やっぱりきれいに咲き誇る桜はこころを癒します。「今年もありがとうございます」(感謝)写真の奥に木舟が写っているのですが、投網で魚を捕って料理してくれるお店もあります!以前に鯰料理を頂きましたが、とても甘くて美味しかった記憶があります。あ!桜の花を愛でるはずが、川魚料理の話ばかり!?やっぱり僕は『花より団子』になってしまいました。


無邪気

七ちゃん!いつもの小さいボールでは飽きたのか、大きなボールを手と頭で動かします。実はコレ、1歳の頃に七ちゃんのマイブームだった遊びなのです。音の鳴るボールを吠えながら鳴らしたり、僕に取られまいとひたすら銜えて背を向けたりと、本当に楽しそうに遊ぶのです。たくさん遊んだあとはリンゴを食べて眠るのです。無邪気という言葉は七ちゃんを見ていて「正に!」と思いました。^^/


朝日町の味噌かんぱ

富山県朝日町の郷土料理『味噌かんぱ』です。これは、アレンジしたものなのですが、春のフキノトウから作るフキノトウ味噌をごはんを潰して割り箸を挿したものに塗りつけて頂くものです。丁度五平餅の小さい版といったほうが分かりやすいかもしれないですね。だけど、写真のアレンジかんぱは美味しそうです!ホタルイカかんぱは「富山県かんぱ」と言ってもいいのかも!?

 

今度、我が家でも作ってみたいと思います。僕は「行者ニンニク味噌かんぱ」で楽しみたいと思います。最近!思うのですが、美味しく頂くことが正に『薬食同源・医食同源』だと思うようになりました。「人」に「良い」と書いて「食」。本当に感謝ですね!^^


二宮尊徳先生の言葉

二宮金次郎といえば小学校の一角に必ずと言ってもいい位に銅像が立っていたものです。よく見かけたのは、やっぱり「薪を背にして本を読む」スタイルの二宮金次郎(少年時代)の銅像だと思います。偶々、ぶらりと車を走らせていると僕の目に入った「武士の坐像」が、この写真です。下には「二宮尊徳先生」とあります。大変珍しいと思い撮らせて頂きました。不正を許さぬ鋭い眼力と威風堂々を感じます!

 

二宮尊徳(にのみやたかのり)の生地、小田原にある報徳二宮神社には、写真の坐像と同じ坐像があり、その下には、この言葉が掲げられています。『経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である』と・・・。


畦に水仙

我が家で使っている『五箇山味噌』が底をついたので、南砺市の道の駅福光に行ってきました。もちろん七ちゃんもついてきました。その途中に水仙が咲き誇っていて「おい!撮っていかないのか?」と言われたような気がしたので1枚!撮らせて頂きました。咲き誇る水仙は見事に大きな役割をもっています!それは南砺!いや、すみません。何と!モグラ対策なのです。水仙のニオイがモグラを寄せつけないのだそうです。ムスカリも同じく近くに咲いていました。穴をあけられては困る場所に水仙やムスカリを植えておくと「モグラ対策」のできあがりです。もしよろしければモグラにお困りの方にお伝え願います。


えへへ

 

 我が家に来て2日目の七ちゃん!しっかりと赤ちゃんの匂いがしていました。今でも愛らしさは変わりません。家族の一員としてしっかりと役割を持ってます。この時より今は3倍も大きく育ちました。えへへ^^


長引いている痛みに

最近!数カ月前から、数年前から痛みが取れないと言われる患者さんが来院されることが増えてきています。何度も繰り返している場合もあり、そのなかなか取れない痛みがストレスとなって、症状が軽快するのを妨げます。若者から人生の大先輩の方まで幅広い年齢層であることは、正にストレス社会のなかに生活していると言っても過言ではないように思います。このような場合は、拙ブログでお伝えしている『三導療法』『つげ櫛療法』で頭頂部(百会)をご自分の指または、つげ櫛で刺激を加えてください。只、それだけで軽快を見ます。

 

早い場合は、行なった後に痛みが消え去っていることが多く、非常に驚かれます。百会(重要点)のある頭頂部は、気の流れる蛇口だと考え、その蛇口の歪みを整えて、気の流れを一気に美しい流れにするだけなのです。

 

頭頂部の百会(重要点)が分からない場合は、つげ櫛で頭頂部を梳くだけで必ずやヒットします。安心して行なってみましょう。行なってみてよろしければ他にお困りの方にお伝え願います。

 

どうぞお大事に。


病気にならないヒケツ

七ちゃんを見ているとホント癒されます。そしてこころが落ちつくんです。七ちゃんの顔はもちろんなのですが、行動のすべてを見ていても何故か不思議と癒されます。食べものは、すべておいしく頂き、甘えたいときは大いに甘え、楽しいことはドンドンやり、自分で遊びを見つけて懸命に遊び、眠くなったら『じゃ先にお布団に行くね』って鈴を鳴らして先に寝室に向かいます。

 

見ていて、ホント!自由にそして楽しそうに暮らしているのです。僕たち人間も七のように生きて行けばいいのではないか!?と、思ってしまいます。『おいしいね』『楽しいね』『これ、一緒にやろう!おもしろいよ~』『わっ雷さんだ!一緒に隠れよっ』『もうひとつおリンゴさんくださいな』などなど。

 

我々の世界とは違って「これダメあれダメ」「これはカラダに良い・悪い」「笑われる」「バカにされる」など否定的な感情や仕方なくはまったくありません。正に思った通り正直に、そして素直に生きています。

 

病気など無縁の七ちゃん!やっぱりストレスなど感じない生き方が病気にならないヒケツなのかもしれません。「七ちゃん!ヒケツをありがとう」^^


田中角栄氏「三十代大臣の弁」

1957年10月講談社刊行の雑誌『キング』に「三十代大臣の弁」という記事が掲載されました。39歳の郵政大臣田中角栄氏の貴重な言葉を今回!お伝えしたいと思います。(原文ママ)

 

 私がいわゆる「三十代大臣」になったことは、ある意味があると思っている。それはドライ派といわれる全国青少年に与える影響である。現在の社会機構は、色々の意味で、門閥とか名門学校を出ていないと、頭角を現すことが難しいと考えられている。ところが、私は門閥もなければ所謂名門の学校を卒業したわけではないが、私は「青年よ、起て!」と呼びかけたい気持ちがある。必ず、私に続いてくれる青少年のあることを信じているのである。

 

 本当を言うと、三十代で大臣になったからといって、私自身はちっとも早いとは思っていない。むしろ、もっと早くなれたはずだと考えているくらいである。何故なら、代議士は当選五回、十一年間やっている。その年数からいえば、私よりずっと後輩のひとが先に大臣になっている。・・・大体、私という人間は、自分の年齢よりおませなのである。少なくとも十歳はおませである。自分の過去を振り返ってみると、それがよくわかる。十歳の時は十五歳ぐらいの気分だった。二十代の時は三十代で、家を建てたし、七才も年上の現在の妻と結婚している。三十代では四十代で、土建会社を作ったり、長岡鉄道の社長をやったりしている。だから、現在では、四十代から五十代に近いといったほうがぴったりとする気持ちである。

 

 私には超人的な知恵や才能や力があるわけではない。只、同じ年代のひとと比べれば、少なくとも十代は早くやったというに過ぎないのである。だから、政界の仕事にしても、あと十年間くらい、全力を尽くしてやれるだけの事をやったら、あっさり辞めてしまってもいいと思っている。・・・今、大臣になったからといって、妙に力んだり張り切ったりして、これで押していけば、将来の総理になれるかなぞと考えたりはしない。そんな大器だと思っていないからである。

 

 子供の時から生き物は好きだが、その中でも馬と鯉は大好きだ。馬は父が飼っていて子供の時から乗ったものである。そんな関係で、私は競馬が好きになった。鯉は新潟で池のかい堀で、随分取ったことがある。私が政治を辞めてからの夢も話すと、この鯉を一万尾くらい飼ってみたいという事である。それからもう一つ、これも子供時分から夢見てきた事だが、ブラジルへ移住して、機械化の大農場を経営してみたいという事である。人生、死ぬまでアクセクするのが能じゃない。やる事をやったらその後は、自分の好きな事をやって余生を過ごす余裕くらいは持ちたいと思っている。

 

上の写真は自民党幹事長時代のもので、佐藤栄作政権の時2度に分けて、延べ4年1ヵ月という歴代最長記録を誇った田中角栄氏なのです。